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小倉簡易裁判所 昭和40年(ろ)48号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕本件公訴事実の要旨は、

被告人は、西日本鉄道株式会社(以下単に「西鉄」と略称する)の路面電車の運転業務に従事している者であるが、昭和三九年一〇月一二日午後七時一〇ごろ、路面電車を運転して北九州市小倉区米町一一丁目一五一番地先を東進中、前方を注視して運転すべき業務上の注意義務を怠つた過失により、進路前方を北から南へ向けて横断歩行中の姜戍生(当五五年)を、自車の左前方二六米の地点に初めて発見し、急制動を旋したが及ばず、該電車右前部を同人に衝突転倒させて脳圧迫症を与え、翌一三日午前七時五分ごろ、同区大坂町八丁目為末外科医院において、右傷害に基づく脳内出血により同人を死亡するに至らしめたものである。」

というにある。

よつて審究するに、右公訴事実中、昭和三九年一〇月一二日午後七時一〇分ごろ、西鉄路面電車の運転に従事している被告人が、これを操縦して同市同区米町一一丁目一五一番地先を東進中、該電車の進路前方を左から右へ(北から南へ)横断歩行していた姜戍生(当五五年)に同車の右前部が衝突し、ために同人が、その場に転倒して脳圧迫症の傷害を受け、これに基づく脳内出血により、翌朝午前七時ごろ同区大坂町八丁目為末外科医院において死亡したことは、<証拠>によつてこれを認めることができる。

検察官は、本件事故につき、被告人には前方注視義務懈怠の、即ち姜戍生が電車の進路前方を左から右へ横断歩行しているのをその二六米手前に至つて初めて発見した点に過失が存する旨主張するので、この点について考察する。

<証拠>を総合すると、

被告人は、本件事故当日、午後六時三〇分ごろ西鉄黒崎車庫前からボギー車六〇号(本件電車)に乗務し、門司へ向う途中、乗客約六〇名(定員八〇名)を乗せ毎時約二五キロメートルの速度で東進(上り)し、本件事故現場に差しかかつた。

右事故現場附近道路は、直線で全巾約一二米、その中央部分に西鉄路面電車の複線軌道が敷設されており、近くに横断歩道はなく、道路北側端から該軌道の最も北寄りの軌条までは巾員約六、八米のアスファルト舗装がなされた平旦な路面で、歩車道の区別はなく、附近に照明施設がないため右路面は当時かなりうす暗くその見透しは良好とはいえないが、一〇〇米前方に在る障害物を発見することができ、五〇米前方では障害物が人であることを認め得る状況にあつた。

被告人は、路面電車を運転してたえず右事故現場を通つているため、前記状況は充分これを知悉していたが、衝突地点の手前(西方)約四三米の位置に来た際、左前方約五〇米のアスファルト路上の左側端寄りの地点に(最も北寄りの軌条から約四、五米、道路北側端なら、約二、三米)姜戍生の姿を発見し、前方を警戒しながらそのまま約一四米進行したがこの間同人は電車に対向して歩行しており軌道敷内に侵入して来る気配が感じられなかつたところ、折から対向して来た下り電車と離合したため、右行き違い完了と同時に当然の義務として一瞬右下り電車の後方の安全をも確認して更に進行したが、アスファルト路面のやや左側端寄り(最も北寄りの軌条から約四米、道路北側端から約二、八米)を歩行して来ていた姜戍生が、被告人運転の電車の左前方約二六米の地点で、突然右電車の軌道に向けて小走りで出て来たため、危険を感じて直ちに急制動を施すと共に、警笛を数回吹鳴したが、同人が酒に酔つていて、正常な感覚を失つていたせいかこれに介意せず横断歩行を続けたため、停車寸前電車の右前部が同人に衝突し、同人がその場に仰向けに転倒して失神した。」

ことを認めることができる。

被告人の検察官ならびに司法巡査に対する各供述調書中、右認定に反する部分つまり「下り電車と離合する際これに注意を奪われたためその間姜戍生の動静を見ておらず、同人の横断体勢の発見がおくれた」旨の供述部分は、左の理由により当裁判所はこれを措信し得ない。即ち、右各供述調書によれば、被告人は昭和二二年ごろから西鉄電車の運転に従事し、本件以外かつて一度も事故を起したことがなく、昭和三八年八月ごろ「七年間無事故」で表彰されている者であつて、その間幾多の危険な場面に遭遇し、しかもその都度用心深く且つ適切な運転をなすことによつて結果の発生を回避し得て来たものと推認されるところ、電車運転に対し、かかる慎重な人格態度を形成して来た被告人が、本件に限つて、最も基本的な前方警戒の義務を怠つたというのであれば、つまり、右供述部分の如く姜戍生が横断体勢にはいる段階ないしその直前の姿を見そこなう程下り電車の方に気を奪われていたというのであれば、何故にそうなつたのか、離合の際は従前から常にかかる状態に陥つていたのか、若しくは下り電車に特に注意を奪われるような事情でもあつたのか、極度に疲労でもしていたのか、或いは気持にすさんだものでもあつたのか等、これを納得させるに足る理由が示されて然るべきであるところ、その点右各調書においては何ら解明されておらず、又、被告人の当公廷における供述に徴するに、被告人においても、走行する電車に対し常に相対的に運動し変化して行く前方の諸事象に対処し、危険予防のためにその場面に応じて、集積された基礎的態度と能力に基づき、随時意識無意識のうちに自動的ないし反射作用的に運転操作をなしているものであつて、千変万化する諸事象とこれに対する自己の判断ないし行為を悉く銘記しているわけのものでもないところ、右各取調べに際し、自らを納得させるべき自己の落度を明確には自覚し得ないまま、結果論的に、今少し早く制動操作をなしていれば本件事故は発生していなかつたということに対する素朴な無念の気持を抱き、それによつて前記各供述をなすにおよんだのではないか、と考えられる余地も存在し、従つて右各供述部分はにわかに措信し難いものといわざるを得ない。

しかして、専用軌道上を疾走する路面電車は、陸上交通における社会的効用を果している反面、その機構上急停止或いは方向転換等自動車の如く自由ではなく、それ故往来の人車との接触衝突等の危険性が大である。されば、路面電車運転者は、その操縦に際し、常に前方を警戒して危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を有しているところ、一方歩行者においても、進行しつつある路面電車の前方において軌道を横断すようとする際は、当然自らその危険を防止するよう心掛けるべきである。されば、路面電車運転者は、歩行者が軌道敷内に侵入し電車と衝突するなどの危険を予見すべき特段の情況があるときは格別、さもないときは一応その者が自ら安全を保するために必要を行動をとるものと信頼して運転すれば足りると解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、前認定のとおり、被告人が、最初姜戍生の姿を認めた地点(約五〇米左前方)から同人が横断体勢にはいるのを見た地点(約二六米左前方)まで、途中離合車の後方の安全を一瞬確認したため、その瞬間左前方に対する注意力が多少減弱したとしても、それは正しく瞬時のことであり、これによつて姜戍生の姿勢等を見損う迄には至つておらず、この間、姜戍生において進路前方を横断しようとしたり、或いは酒に酔つて軌道敷上に侵出して来る等危険な結果を予見せしめる如き情況は全然認められなかつたのであるから、被告人においては、その間姜戍生が、自ら危険防止のために必要な行動をとるものとして運転すれば足り、前認定に反して、この間同人が電車進路の前方を横断しこれとの衝突の危険性を予見せしむべき特段の状況が存したものと断定するに足る証拠はない。

しかして、右二六米以後においては、前認定のとおり、被告人において結果の発生を予見し、直ちに急停車の措置をとると共に警笛を数回吹鳴して姜戍生に警告を与えるなどし、結果回避の措置を講じたのに拘らず、同人が酒に酔つていたためか、電車の通過するのを待たずに横断しようとして軌道敷内にはいつて来たため、これと衝突したものであつて、被告人のなした右処置に非難すべき点はない。

されば、本件事故につき被告人に対し業務上の過失責任を認めるには、その過失の存在につき、証明が不充分であるといわざるを得ない。

よつて、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。(中村行雄)

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